体感のないところに自己否定(思考)はない
思考に真実はない
だったら
自己否定とか思考から体感を感じて問題を解決すればいい。
体感抜けた先に天職と出会えるかもしれない。
昨日の「今の私はまだ2年前のペソ円での稼ぎ方に執着してる」の他に、あることに気づいた。
👨に「仕事なんてそんなもんだと思うけど(それくらい我慢しろよ)」って言われたのが嫌だとずっと思ってたけど
本当はその後に言われた「だって今の仕事ってずっと探してて見つからなくてやっと見つけた仕事なんじゃないの?」って言われたことが嫌だったんだ。
思考からしたら「社会から必要とされてない」ってことを、「👨もそう思ってる」「👨も私は社会から必要とされてないって思ってる」っていう考えに至るからなぁ。
こうやって書いてて思ったけど、前は「○○さんにお願いしたい」「○○さんしかいない」って思われてたのが、気づけば「別にこの会社は私が応募しなくてもいずれ私以上に仕事ができる人が見つかるわけで、でも私はお金がないと生きていけないから私の方がピンチなんだよなぁ」って、気づけば昔と立場が逆転してるんだよなぁ。
