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人生が思い通りにいかない時、必ず潜在意識と顕在意識が対立をしている【お金編】

私は、とある事情のために、5月に約100万円の引き落としを控えている。

そのために私は日常的に収支計算を行うのだが、その度に私は自分に絶望している。

今日はこの問題に触れていく。

『先々に引き落としの予定があって、それに対して準備ができている状態』というのは、以下のいずれかを満たす状態と言える。

①お金を稼ぐことに抵抗がない
②お金を出さない・節約することに抵抗がない
③お金を長期間自分の手元に貯めておくことに抵抗がない

逆を言えば私は、これらのことに抵抗があるからこそ、先々の引き落としに対して準備ができないのだろう。

・事業としてお金を稼ぐ場合は、「忙しくなる」「人に頼られ人のために生きてストレスを被る」というリスクがあるし、
・不労所得としてお金を稼ぐ場合は、「稼ごうとするほど掛け金が大きくなり不安も大きくなる」「いつも1人で大きなものを背負っているのに誰も共感してくれない」という苦しさがあるし、
・節約=我慢という方程式が出来上がってしまっているから、「欲しいものがないからしばらくお金を使っていない状態」ですら、それが続くと無駄遣いがしたくなるし、
・お金を長期間自分の手元に貯めておくと、これは先々の自分のために置いてあるだけなのに、もっと困ってる人にたかられたり、もっと困ってる人のために使わなきゃいけない気持ちになる

まずは、「どうして私は稼げないの!?お金を貯められないの!?」と自分を責めるのではなく、
「こうやっていろんな観点から物事のリスクを判断できている自分を褒めよう」と考えるのが大事なのかもしれない。

お金に余裕をもって生きていたいのに、お金を持って理想の生活を叶えると、母親に「贅沢だ」と言われるストレスがめちゃくちゃ強く関係している気がする。

無駄遣いをしたり誰かに貢いだりしているわけでもなく、ただやりたかったことや自分の希望を叶えているだけなのに、
「贅沢だ」と言われ、本来感じる必要のない罪悪感を植えつけられ、本来自分に使うために稼いだお金を他者のために使わなければいけない感覚に陥ってしまう。

それを「そんなお金の使い方はしたくない!」と自分を守ってくれているのが潜在意識で動いているトラウマパーツ。

このトラウマパーツは、ある意味では、母親に罪悪感を植えつけられた時に、自分の見えない本当の感情・本心を忘れずにずっと持ち続けてくれていたパーツとも言える。

ついでに私の母親は貧乏性で、特に私が安心して暮らすための投資をすることを極端に嫌がる。

私は、(私が大学に行きたいと思ったら大学の学費を出すというのが親の責務だと思うが、)私が「大学に行きたい」と思っていないにも関わらず大学に行ってほしいと願ったり、それに伴って、「お金がないから怪我してもできるだけ交通費節約して」「お風呂はお湯を少なくしてガス代を節約して」と言われることで、安心とは程遠い学生生活を送っていた。

「怪我をしたから歩いて行ける距離でも電車とバスを活用したい」と思った時、「温泉みたいなたっぷりのお湯に浸かってゆっくり過ごしたい」と思った時は、それを親に依頼するのではなく、「自分自身で叶えなければならない」という感覚を常に感じて生きてきた。
私の母親は私の求めている些細な安心や楽しみを何ひとつ与えてくれないという絶望も感じていた。

「お金を稼げない」の裏にあるのは、甘えでもなんでもなく、親は私のために何もしてくれない、常に私が譲ってばっかりという絶望だ。

つまり、お金を稼げない・貯められないという問題の裏にある私の本音は、

私は今までたっっっくさん怒りを感じてストレスを感じていたしそれでも我慢を続けてきたのに、自分でお金を貯めて自分のやりたいことを叶えた時に親から自分の今までの我慢をなかったことにされるばかりか、「贅沢だ」と罪悪感まで植えつけられる!!!とものすごく大きな怒りを感じている。

だから私は、ギリギリ以上のお金を稼げなくなってしまった。

ギリギリのお金しかなければ、親にお金を使うことに対する罪悪感を植えつけられることはあっても、お金と心に余裕があることに対する罪悪感を植えつけられることはなくなる。
それに、我慢をしなければいけない状況を強いられることで、「昔からずっと我慢してきたのに」と、昔した我慢をなかったことにしないようにできる。

人間の潜在意識は基本的に、かつて溜め込んだ負の感情をなかったことにはできないという作りになっている。

もし、成し遂げたいことがあるのにずっと結果を出せないと思っているなら、成し遂げた時に罪悪感を植えつけられた過去がないか?、それを成し遂げてしまうと “なかったことになってしまう” 昔の我慢や苦労や傷はないか?を考えてみると、答えが出てくるかもしれない。

そして、もっと大事なこと。

それは、成し遂げることに罪悪感を感じているパーツ、過去の我慢や苦労や傷をなかったことにしたくないパーツのことを、心の奥底では恨んでいるからこそ、問題が解決しないということ。

この状況の中では、「実は自分は自分の一部を恨んでいる」ということに気づくことも大事だ。

でもこれって本当は、「私には傷がある!って言い張って私を困らせようとしている」のではなく、「今まで必死に抑え込んできたけどいよいよ抑え込む手段がなくなってしまった」とも言えるんだよね。

「どうして抑えられないのか」ではなく、「今まですごく必死に抑え込んでくれていた」と考えた方が事実に沿うのかもしれない。

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