前回の記事を、もう少し深堀りしていきたい。
私たち人間は頑張りすぎてしまう生き物
私たち人間は、
・人生で起こるありとあらゆる問題
・そこから生まれるネガティブな考え
について、どうにかこうにか「頑張る」「現実を変える」「言い返す」「無視する」ということをやりがちだ。
それも、脳内で無意識に。
まずは、否定的な声をちゃんと聞くということから始めてみることで人生が変わるというのが、ここ最近の私の発見である。
実際に自分の中にあるネガティブな考えを抗わずにそのまま聞いてみる
私の中にあるネガティブな考え
・まじで仕事のせいで人生損してる
・まじでストレスで禿げると思う
・まじでエンジニア辞めたい
・こんなやりたくないことをやらないと生活できないなんて終わってる
・でもまじでお前できる仕事ないしやりたい仕事もないよね
・「運動を仕事にして運動不足解消したい」って言ってもできることってデリバリーくらいじゃん、コーチと比較してほんとしょうもないことしかできないよね
・でも投資で生活費稼げるようになってもいつまた配当金がゼロになるかわからないからね~
・終わってんな、お前の人生
・運動したいし部屋の片付けしたいしこんなことに時間割いてたら体終わるぞ
・今あからさまにやる気ないですみたいな態度で仕事してるけど、そんな態度じゃ誰かに指摘されてますます仕事鬱になるぞ
・もっと仕事に時間使うしかないんじゃねーの???
・早くやりたい仕事見つけろよはやくはやくはやく
私の脳内は日々こんなことを考えているのだが
ここで一生懸命やりたいことを探そうとしたり
私にもできる仕事を探そうとするから苦しくなる。
どうしても否定的なことを言われると言い返したくなるが、ぐっと飲み込んで受け入れてみる。
受け入れるというのは、「それが正しいと認める」ではなく、「その声を聞いてみる」ということ。
その上で、「このネガティブな意見を聞いた時、私は心の奥底で本当はどう思っているのか」を自分自身に問いかける。
ネガティブな声を聞き続けていると気分が下がるから頑張ってしまう
私はこれまで5年近くに渡って、脳内で鳴り響く声を研究し続けてきた。
・ぐるぐる思考
・独り言
・感情
・自己否定的な声
など、様々なものがあるが、
結局のところ、「自分の人生に対して後ろ向きな思考か否か」に分類できるということに気づいた。
「自分の人生に対する後ろ向きな思考」が軸にあって
それ以外はほとんど、「後ろ向きな思考から推測される未来を避けるための思考」でしかない。
ただ、こうして声を聞き続けていると、自分の心がどんどん沈んでいくのもよーくわかる。
だから私たちは、ネガティブな声を聞かなくなったり、頑張りすぎてしまうのである。
頑張ってもネガティブな声がなくなるわけではない
私たち人間は、
「ポジティブな人生を歩みたい」と思いながら
「ネガティブな声を聞かないための人生」を歩んでしまう節がある。
しかし、
「後ろ向きな思考から推測される未来を避けるための思考」を聞き続けても、
その大元である「自分の人生に対する後ろ向きな思考」
その中でも「何を避けたいのか」
という軸を見つけなければ一生終わらない。
ネガティブな声は本当は何が嫌なのかを見極める
上で紹介した私の思考
・まじで仕事のせいで人生損してる
・まじでストレスで禿げると思う
・まじでエンジニア辞めたい
・こんなやりたくないことをやらないと生活できないなんて終わってる
・でもまじでお前できる仕事ないしやりたい仕事もないよね
・「運動を仕事にして運動不足解消したい」って言ってもできることってデリバリーくらいじゃん、コーチと比較してほんとしょうもないことしかできないよね
・でも投資で生活費稼げるようになってもいつまた配当金がゼロになるかわからないからね~
・終わってんな、お前の人生
・運動したいし部屋の片付けしたいしこんなことに時間割いてたら体終わるぞ
・今あからさまにやる気ないですみたいな態度で仕事してるけど、そんな態度じゃ誰かに指摘されてますます仕事鬱になるぞ
・もっと仕事に時間使うしかないんじゃねーの???
・早くやりたい仕事見つけろよはやくはやくはやく
端的に言うと、
・仕事やりたくない
・エンジニアやりたくない
・投資もいつか終わる
・やりたいこともない
という、「仕事に対して八方塞がりな状況」なわけだが
なぜここまで訴えかけ続けるのか
私に気づいてほしいのに気づけていないこと、言いたいのに言えていないことを紐解いていくと
・投資をやっていた時も
・今も
心や頭の中で引っかかることがあると私が本来やりたかったことができなくなることがいちばん嫌
だとわかる。
結局のところ
ネガティブな声が何を訴えかけているのか、その本筋を見極めなければ、どんなに頑張っても解決しないのである。
だから、頑張るのをやめて、ネガティブな声の本筋を見つけようという話である。

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